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いろいろ検討して、FC2ブログに引越しすることにしました。
何がどこまでできるがまだわからないところも多いのですが・・・ 5月末に、下関での玉三郎さんの特別公演 6月はじめに、コクーン歌舞伎「桜姫」、 6月中旬は、京都南座での玉三郎さんの特別公演、 もちろん、歌舞伎座の公演は、みんな観に行く予定。 観にいったけど、まだ書いてない5月歌舞伎座の感想やらなんやらもアップしていく予定なので、よろしかったら、のぞきにきてやってください。 引越し先はこちら エキサイトブログからの引越しを考えております。
もうちょっと、いろんなことがしたくなりまして・・・・ 4月から仕事での疲れと、3月からの襲名興行に通う日々の疲れが さぼりの原因ともいえますが・・・ 明日、夜の部にいって、勘三郎襲名興行を観にいくのは終わり(のはず・・) 3月は6回、4月も6回、5月は4回行きました。疲れました。 おさぼりの間にも、鉄砲洲神社お祭りで勘三郎が挨拶するのを見にいったり、 吉右衛門さんの個展を観にいったりしてました。 今後の予定として、玉三郎さんの舞踊公演などが、各地で行われるので、 5月末に下関、6月中旬に京都南座、9月は博多座、11月の熊本八千代座と行く予定。 ここで、新規一転、新ブログにお引越し!を目論んでおります。 早々に決める予定です。 また、引越し先にもきてください。ではそれまで 歌舞伎座建替えへの検討をはじめるそうです。
かなり老朽化してるし、当然なんでしょうが、あの趣だけは残してほしいですね。 明治座みたいに、ただのビルになってほしくないです。 いい建替えになりますように ニュースソースはこちら 新法王決まりましたね。
といっても、信者じゃないけど。 バチカンの映像がうつるたび、昔訪れたことを思い出し、行きたくなりました。 神様が誰かはわからないけど、あそこには神様がいますね。 あと、アテネのパルテノンと伊勢神宮(笑)にもいるかな 法王選出の場である、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの絵もまた見たい。 あの礼拝堂にいると、神様は人間になんてすごい力を与えたのだろうと恐ろしくなります。 あ~いきたい、みたいよ~
5月のチケ取りは、大変でしたね。
もう、1等なんて2階の奥の方ばかり。結局、3Aのまあまあな席だけ確保しましたが、夜の部の戻りはあまり期待できなさそう・・・・ まあ、お目当ての「鷺娘」は、花道使わないから、3階からでもいいんだけど、 一度くらい、かぶりつきであの苦しむ鷺の表情をみてみたかった・・・・ それに、5月の楽は、歌舞伎会特別会員の時点で売り切れでしたね。3月にわたる歌舞伎座での襲名公演での楽ですから、盛り上がること当然。あ~みたかったなぁ。 予定では、この楽をみて、翌日から玉三郎さんの舞踊公演を観に下関に向かう予定だったんですがね・・・当日券・幕見で並ぶ根性がでるか・・・・最近の体力の衰えからは無理そう・・・・ 5月のチケ取りは、大変でしたね。
もう、1等なんて2階の奥の方ばかり。結局、3Aのまあまあな席だけ確保しましたが、夜の部の戻りはあまり期待できなさそう・・・・ まあ、お目当ての「鷺娘」は、花道使わないから、3階からでもいいんだけど、 一度くらい、かぶりつきであの苦しむ鷺の表情をみてみたかった・・・・ それに、5月の楽は、歌舞伎会特別会員の時点で売り切れでしたね。3月にわたる歌舞伎座での襲名公演での楽ですから、盛り上がること当然。あ~みたかったなぁ。 予定では、この楽をみて、翌日から玉三郎さんの舞踊公演を観に下関に向かう予定だったんですがね・・・当日券・幕見で並ぶ根性がでるか・・・・最近の体力の衰えからは無理そう・・・・ 明日から、歌舞伎会ヒラ会員の発売開始。
チケット松竹で扱うなんて知らなくて、eプラス申し込んだら、あたってしまった。 福助さんの桜姫どうなるんでしょうねぇ~ エロいとおもしろそう。 さて、つづき。
白地に墨桜模様の衣裳への引き抜きは、ちょっと?でした。 玉三郎さんは、赤から浅黄への場合と同じように引き抜きますが、 勘三郎丈は、後見さんがもつ(ささえる)衣裳から離れていく方法。前にどなたかので見たことありますが、すっという感じではなかった(首元をおさえられてるかと思った・・・)ので、あれどうしたの?なんかあったの?って感じではらはらでした・・・・ ここでの踊りはきれよく勢いがありました。鈴太鼓の音もパンッパンッときれよく鳴ってました。 「五月女、五月女、田植え唄・・」あたりは、ああ鈴太鼓の音が気持ちいいわぁと思うほどテンポよく、こころ踊りました。 ここからは、「押戻」です。 鐘がおちて、坊さんたちはお祈りして鐘を戻しましょうと、あいかわらずのんきな感じ。 そこへ、赤に銀のうろこ模様の人たち登場、総勢12名。 花道に並んで襲名ならではのお祝いのセリフ。 ビールはモルツとか、東京三菱の静脈認証のこととか、勘三郎にちなんだセリフのいいまわし。 演奏の方々が、にやにやと笑っているのかおかしかった。 と、ここまでは和やか。 そして、赤い毛の鬘に赤のはかまに金のうろこ模様、隈をとった花子、 團十郎丈演じる大館左馬五郎登場。 團十郎丈の声が揚幕の向こうから聞こえてくるとわくわくします。隈がお似合い。 見得もきまって、いよっ成田屋っ!何がどうということでなく、居てくれてありがとうという感じ。 襲名もおめでたさがひとしおです。 最後は、2段にあがって花子、左馬五郎、三階さんたちの絵面のきれいな見得でおしまい。 なかなかつかない押戻をみることができました。 どうしても比べちゃうけど、勘三郎丈の花子は、おおげさでなく、きれのある踊りだったように思います。きっと舞踊ってこういうものなんでしょうね。 玉三郎さんのは、舞劇という感じ。もう、女の気持ちが舞台に充満して、踊りを見ているというより、女の気持ちを感じる踊り。最後の鐘を前にしたあたりは、もう体からあふれ出る花子の情念が抑えきれずにほとばしりあたりは苦しくなるほどです。
18代目中村勘三郎丈の襲名演目にもなっている京鹿子娘道成寺、女形舞踊の大曲です。
はじめに聞いたとき、え~なんで勘九郎が踊るの~、玉三郎さんのがみたい~と思いましたが、いろいろ調べると、勘三郎丈の祖父である6代目尾上菊五郎の得意演目だったそうです。 娘道成寺には、2つの大きな流れがあって、女形が踊る女心を演じる娘道成寺と、踊りの名手が踊る踊りとして娘を演じる娘道成寺があるとのこと。 勘三郎丈の演じる娘道成寺は後者の方。きれのいい道成寺でした。 まずは、聞いたか坊主の登場。 さすがは襲名演目、芝翫丈、左團次丈、海老蔵丈と豪華なだけじゃなく、総勢27人、2列です。 海老蔵丈はガタイがいいですね。 そして花子の登場。 衣裳は、しだれ桜に糸巻きの文様。桜は白とピンク。帯は流れ水に扇面。 玉三郎さんの花子はでてきただけで妖艶。ただものでないかんじ。恋人との時間をひきさく鐘の音がうらめしいというだけで、ぞくっとするほど。 勘三郎丈の花子はかわいいかんじ。全体として恨みの思いは少ないかったように思います。 花道から本舞台へいき、坊主とのやりとり。 玉三郎のときの、「あると思えばなし、ないと思えばあり。」のやりとり好きなんですが、勘三郎丈は、禅問答はなかったですね。でも、勘三郎丈、悪いけど声がきたない。12月の「梅ごよみ」でもそうでしたが、すごく聞きずらい。短くてよかったかも。 勘三郎丈演じる花子は、芝翫丈から金の烏帽子を受け取って退場。 着替えの時間がかかるため、坊さんの舞づくしの話。どうやら日替わりのようですが、うれしそうに左團次が選んでひっぱってくるのがおかしいですね。 さて、幕があがって、赤のしだれ桜に金の烏帽子の花子。 玉三郎さんは、謡もいれながらたっぷり演じますが、勘三郎丈はここは少なめ。 田中傳左衛門さんの鼓が迫力!もっと聞きたかった~ 赤から浅黄への衣裳の引き抜きはなかなか。ちょっと袖の下の浅黄がみえすぎかなと思いますが、他の人(玉三郎さんをのぞく)たちのと比べれば、決して踊りは中断してません。他の人たちのってはらはらするほど、ああ、今引き抜き作業中なのね・・・・と思うほどなんだもん。 もちろん最初にみた玉三郎丈と守若丈の引き抜きに比べればまだまだと思いますが・・・なにしろ、はじめてDVDでみたときは、えっ~どこでどう引き抜いたの~?と、スロー再生で確認したほどでしたから。 浅黄の衣裳になって、毬つきの踊り。 桜の花を集めて毬をつくっているさまが素敵。かわいい女が舞台にいました。ゆったりとしたいい踊り。これが踊りなのかぁとほれぼれしてました。 藤色の衣裳にかわって、クドキです。手ぬぐいには、角切銀杏と鶴の模様。 全体的にかわいらしさのある花子なので、大人の女のしっとりとした趣は少なめという感じでした。まあ、ここは玉三郎さんのもうどきどきするほどの濃厚な踊り(演技)に軍配ですね。 特に、手ぬぐいの扱いですね。手ぬぐいがもう小道具を超えてますもん。 次は、山づくし。 衣裳は、白地に紅葉に火炎太鼓。うこん色(黄色)じゃなくてがっかり。藤色とうこん色の組み合わせがとてもきれいなのになぁ~ 空間を切り裂いていくような踊りと評判の勘三郎丈の山づくし楽しみにしてました。勢いのあるいい踊りです。 さて、次は、「ただ頼め」。衣裳は、紫地にピンクの桜で描いた麻の葉文様。 この衣裳好きじゃない。紫地にしだれ桜の衣裳が好きなのに。振袖という衣裳がこんな美しく素晴らしいものなんだと教えてもらった衣裳なのに・・・何十回みてもほぉ~とため息がでるようなあの衣裳じゃない。あの振袖の美しさが語る女心が私にはみえなかった。 つづく なんかひさしぶりのブログです。
寄る年波には勝てないという言葉を実感する1週間でした。 半徹夜が一日くらいで、なんでこんなにふらふらなのか不思議なほど、前は毎日残業して、それから飲んで、家でも仕事してたのに・・・・ そんな状態で、そうだ角煮つくらなくちゃ・・・(笑)と、買ってきてあった豚肉を角煮にしようと、 蒸して、焼いて、煮込んで、うんいいお味、あとすこし煮込んで味をしみこませよっとしたところで、ソファで爆睡。異常を感じて起きたときは、部屋はもやもや、何がおきたかわからず・・・ あ~かくに~と思い、火をとめたものの、角煮は見事に炭になってました。 油と砂糖と醤油が、厚さ4センチはあろうかと思うほどの見事な炭。削ろう(割る?)もびくともしない。でも鍋はお気に入り。諦められない・・・ そこで、ふと、「重曹」という言葉が・・・ネットで調べると、鍋のこげつきが驚くほど落ちると書いてありますので、やっと今日買ってきて(既に3日経過・・・)、試したところ、 取れました、ほんとに! あ~、はずかしくても、焦げ付き写真をとっておけばよかったと思うほど、ほんとにきれいになりました。というか、焦げ付きというレベルではなく、厚さ3、4センチの炭がとれちゃいました。 重曹は本当にすごいですよ、みなさん! 土曜日昼の部をみにいって、
帰ってきたら、親戚がらみの問題解決のため、急遽栃木県の親戚の家まで、 半徹夜状態で話し合いが続き、日曜日の深夜に戻ってきた。 (そのため、予定のヤマトタケルは観にいけなかった・・・・) 睡眠不足でふらふらなまま、月曜日は仕事をこなし、 今日は、朝から5月の歌舞伎座のチケットとり、 その後、昼の部、夜の部の一日通しで観たけれど、もう起きていられず、眠ってた・・・ 半徹夜ですら、からだにこんなに応えるとは、年をとった証拠ですね。 明日から、レポしていきます。 夜の部観て帰ってきたら、留守電がピカピカしているので再生したら「15件です」とのコール。
すわっ、実家で何かあったのか、歌舞伎観ている間は携帯切ってたから・・・・・と慌てて再生したら、1件目は無言、2件目は向こうで何かいっている「・・・FAXだったら・・・違う・・・」とかなんとか。いずれにしろ家族の声ではないのでひとまず安心。それに午前中の留守電。 着替えながら、今やっと再生終了。14件全部無言で、1時間くらいの間に電話されてる。 そんなに急を要する電話ならおかしいと思えっ!ひとんちの留守電に15件も入れるな!
出始めましたね、チケットの戻り。
夜の部と昼の部の3階1列目をゲットしました。 3階でも、1列目ならみやすいし、安い! 何度も観たい私には良い席です。 おかげで、明日は早びけです。 でも、今は仕事が楽なんで全然OK。 また、八ツ橋に逢えます。明日は少しは落ち着いてみられるでしょう。 4月襲名公演のほかに、今月のもうひとつのお楽しみはスカパーの歌舞伎チャンネルで放送されている昨年6月の海老蔵襲名披露公演「助六由縁江戸桜」です。
玉三郎さんの揚巻がずっとずっとみたかった。ちなみに今年の玉三郎さんのカレンダーの表紙は揚巻で、そりゃもうかっこいい。(そういうもの部屋に飾らないひとだったんですがね・・・) 歌舞伎チャンネルはとりあえずなんでも録画してあって、勉強もかねていろいろみるんですが、やはり舞台と違うから、おもしろいかおもしろくないかがはっきりしちゃうんです。テレビでもおもしろいものは何度みてもいいけど、おもしろくないものはすぐ寝ちゃいます。 で、「助六由縁江戸桜」、おもしろい!こんなおもしろい放送は、14年10月の「仮名手本忠臣蔵・7段目」以来です。 揚巻は、テレビの向こうからも輝きがびんびん届きます。これを歌舞伎座で観てたら、舞い上がりましたね、きっと。もうゴージャス(叶姉妹もふっとびますね)で、いいおんな! 海老蔵丈の助六は、やんちゃで喧嘩っぱやくて粋でいい男! 勘九郎丈の白酒売は、愛嬌があっておちゃめでかわいい! 一番のお気に入りは、尾上松助丈の通人。いやぁ楽しい。「ぅおっほんっ」というものまねをついしちゃってます。こういうお役は難しいだろうに、間がいいの。 あ~、生でみたい!みたいよ~ 6月の博多座にいきたくなりました。でも、そうなると、1年間に九州方面遠征が4回になってしまう。あやしすぎるので諦めますが、知り合いがいくらしいのでうらやましいかぎりです。 歌舞伎チャンネルのHPはこちら 博多座のHPはこちら 歌舞伎観劇デビューは「桜姫東文章」でしたが、きっかけは海老蔵襲名。成田屋の「にらみ」を見て、歌舞伎座近いし、一度観てみようかなぁ~と。ネット検索したら、6月興行の「助六由縁江戸桜」がとても豪華で華やか、玉三郎丈もでるのを知って、そうえいば観てみたかったんだよなぁと観劇好きの友達に話したら、「玉さんももう50を過ぎたしいまのうちに観ておいた方がいいよ」と言われたんです。
6月興行は切符は入手困難と聞いてあっさりあきらめ、とりあえずレンタルDVDで「京鹿子娘道成寺」を借りて、はまってしまった。しばらくは毎日道成寺を観てましたね。 それで再度ネット検索をしたら、7月に「桜姫東文章」とやらを歌舞伎座で19年ぶりに演じるという。それじゃ観にいこうと思ったものの、チケット松竹の電話はつながらないし、なかなか窓口にいく時間もない。そうこうしているうちに7月になり、無理かなぁと思いながら歌舞伎座の窓口にいったらまだあって(いま思えば戻りだったので、結構良席)、すっかりはまってしまった。 以後は、歌舞伎ファンへの道をまっしぐら。 坂東玉三郎舞踊集DVDを買い、スカパーの歌舞伎チャンネルに加入し、図書館の本を借りまくり、玉三郎さんの写真集をネットオークションでおとして手に入れ、10月には熊本八千代座の舞踊公演、11月には大阪松竹座、11月からは毎月歌舞伎座に通い、12月の歌舞伎座は計8回、勘九郎最後の舞台も勘三郎襲名の初日も行きました。自分でも驚いてます。
「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」は、ずっとみたかったお芝居でした。
佐野の次郎左衛門はまじめな商売人で、江戸に商売に来て、吉原を訪れたところ、花魁の八ツ橋がみかけ、その美しさに惚れこんでしまいます。次郎左衛門は八ツ橋のもとに通いつめ、身請けをするところまで話が進みます。しかし、八ツ橋には間夫の浪人栄之丞がおり、栄之丞をたきつけるものがいて、栄之丞は八ツ橋に自分と別れるか、次郎左衛門に愛想づかしをしてきっぱり身請け話を断るか迫ります。そして、八ツ橋は、満座の中で心ならずも次郎左衛門に手痛い愛想づかしをします。次郎左衛門は佐野に戻り商売に身を入れるといって帰りますが、深く八ツ橋を恨んでおり、4ヶ月後、妖刀籠釣瓶を手にして、八ツ橋を斬り殺してしまうのでした・・・・ あばた顔の田舎者の次郎左衛門を勘三郎、美しい花魁八ツ橋を玉三郎、八ツ橋の間夫栄之丞を仁左衛門という配役で、はじめ聞いたときは、そりゃ、次郎左衛門はふられるよと心ひそかに思いました。栄之丞の仁左衛門さんかっこいいもん。 八ツ橋という役は、六世歌右衛門丈が得意にしていた役で、それまでは、笑うという顔の演技をすることがなかった女形が笑うという一種革命的な演技により、一躍有名になったそうです。 そして、この八ツ橋を、玉三郎さんは子供の頃歌舞伎座でみて、「あれになりたい」とあこがれ歌舞伎役者を目指したそうです。4,5つの頃の思いを本当に実現させてしまうなんてすごいですよね。 でも、八ツ橋を演じることはなかなか許されなかった。八ツ橋を演じたのは平成9年3月。歌舞伎役者を志してから40年以上経ってから。 そういうお話を聞いて、ずっとみたかった演目だったため、こちらが勝手に緊張してました。次回は1階で見るのですが、今回は3階だったので、花道での「微笑み」がみられるかしらと心配したり、縁切りのときどんな表情なのかしらと、すっかりオペラグラスで、玉三郎さんをおっかけて、次郎左衛門をあまりみてませんでした。ごめんなさい勘三郎・・・・次回はちゃんとお芝居全体を観ます。 一番良かったのは、「微笑み」でなく、縁切りの場面でした。その前の場面で栄之丞に縁切りを迫られ、八ツ橋は愛想づかしをはじめますが、じっと前を見据えてt愛想づかしをする八ツ橋は凛としていました。それは、嫌いだから毅然と愛想づかしをするというより、しっかりと前を見据えていなければ自分を守れないとでもいうような哀しい強さを感じました。花魁としてもてはやされてはいるものの、しょせんは苦界に身を沈めてしまった運命を嘆いているようでした。 「微笑み」の場面は、次郎左衛門じゃないけど、舞い上がってしまって冷静じゃありませんでしたから、次回は落ち着いて微笑みをみてこようと思います。なにしろ、八ツ橋の登場のときから、舞い上がってましたから・・・・派手なまな板帯に豪華な衣裳。これでもかという髪飾り。きれいだろうとは思ってましたが、光輝いてましたね。びっくり。 実はこの演目、以前、スカパーの歌舞伎チャンネルで放送されたものをみてまして、そのとき、八ツ橋は歌右衛門丈、次郎左衛門は先代の勘三郎、玉三郎さんは九重(八ツ橋の次の花魁)でした。このときの玉三郎さんは30代でそれはきれいな花魁なんですが、次郎左衛門たら、九重の花魁道中もみているのに、八ツ橋にこころ奪われる。そういう筋なのはわかっていても、どうみても九重に惚れるだろうと思ってました(歌右衛門さんごめんなさい)。 今はそれなりにわかっていますが、歌右衛門丈の晩年の八ツつ橋は恐かった・・・・・・・テレビって残酷。それに表現がおおげざだし・・・・にわかファンなんでお許しください。 いやぁ~おもしろかったです。團十郎ばんざい!ってかんじ。
歌舞伎十八番「毛抜」は、團十郎丈演じる粂寺弾正が、小野春道の家で紛失した小野小町の雨乞いの歌の短冊をみつけだし、また、お姫様の髪の毛が逆立つ奇病の原因をつきとめて(ひまつぶしに毛抜をとりだし毛を抜いていたところ、毛抜が動き出すが煙管はうごかないところから天井裏に磁石があることをみつけだす)、めでたしめでたしというお話。 見る前は、なんでこんなくだらなそうなお話が上演されるのかしらと全然期待しないで行ったのですが、おおらかなお話に、おおらかででっかい團十郎丈がぴったりあって、あ~これが荒事ってやつなのね、楽しいわ~とにこにこしながら見てました。 勘太郎丈演じる若衆や、時蔵丈演じる腰元においた(?)するたび、客席にこれは失礼とお辞儀をすると、やんやの拍手。もう話の筋なんかどうでもよくて、あははあははと笑ってました。 このお芝居には、息子の海老蔵丈もお公家さんで出演していますが、鼻筋通ってきれいなもんだなとしばしみとれました。お公家さんの衣裳ってきれいだし、いいにおいもしそうな感じ。 悪者役の人の眉毛がつながっていたり、春風役の人がおかしなちょんまげだったり、弾正の衣裳なんて、分厚くて寿の字海老が描かれている裃が派手でどぎつい。 これってきっと長年かけて練り上げられてきたものなんでしょうね。 人気役者の團十郎が演じる、おおらかなお芝居、派手な衣裳、いまの時代でさえおもしろいと思うのだから、江戸の人たちにはどんなにおもしろく楽しいものだったのでしょうね。 團十郎丈のお芝居は、お正月の新橋演舞場でみたのですが、お役も本格復帰というものではなかったので、そのおおらかさでっかさはわかりませんでしたが、今回は堪能させていただきました。大向こうさんたちも楽しそうに、「なりたやっ!」と声をかけてました。 4月の祝い幕です。
鴇色(ピンク)に、中村屋の紋、金・銀の鶴が飛んでました。 上品な感じ。ちょっと中村屋っぽくない感じ。
今日、夜の部を観て来ました。とてもよいです。
とりあえず、「口上」のレポを。 3月に引き続き、芝翫丈のしきりではじまりました。総勢16名。 いくつかご紹介。 ○仁左衛門丈 3月はいまいちで、口上は苦手なのねと思ってましたが、今月はなかなか滑らかにしゃべってました。 ○時蔵丈 女形姿ではなかった。芝翫丈もそうですが、女方の裃姿にちょっとどっきり。二人は、「のりちゃん」「みっくん」と呼び合っていたそうです。 ○富十郎丈 あいかわらず話が長い。今回は踊りの話で、二人でアフリカで三社祭を踊ったら、歌右衛門丈にとめられたというお話。 ○團十郎丈 市川家(看板役者)と中村家(座元)の話。座元の代替わりのときは、代々の團十郎が口上を述べてきた、400年経って、こうして祝いを述べることができてうれしいという話でしたが、なにより、1年ぶりという歌舞伎座への出演に、劇場のみんなから熱い拍手が送られていました。 ○左團次丈 いやなじじいバージョンでした。これで3回目。別のが聞きたい・・・・・ ○海老蔵丈 子供の頃からかわいがってもらった。とても尊敬する先輩です。 ○玉三郎丈 3月興行が終わって、奈落から楽屋に向かう途中、(楽を迎えて)さみしいねぇといったら、「でも兄さん、4日後には兄さんを殺す芝居が始まりますよ」(場内笑い)といわれた。 襲名に一座するだけでなく、相手役として大役を勤めさせてもらってうれしい。 ○七之助丈 事件については触れませんが、とても恐縮して、列座できてうれしいといってました。 ○勘三郎丈 夏雄にいさん(團十郎)が、大病を克服して歌舞伎座に復活してくれてうれしい。 というところですね。 口上は、3月のを含めてこれが3度目。4月はあと2回はみることになりますが、やはり初日のあの興奮と感動にまさるものはないですね。よかった、初日にみにいって。
今日も、あわただしい一日でした。
仕事を終えて、家に帰る途中、「あ~今日は初日だった」と思いましたが、 七之助丈出演の口上、どうだったんでしょうね~ う~ん、きになる~ 仕事をしている身には、あわただしい一日でした。
さて、明日から17年度。 何年かぶりに仕事と席がかわらないので、ペースもわかっているし、今年一年は楽できそう。 歌舞伎もばっちり観にいけそう。 本当は明日の4月初日にいきたいけど、それは我慢。 明日は新人さんをおむかえして、レクチャーしないといけません。 仕事しないとあそべないからね 先週、仕事で青山へ行ったとき、時間が空いたので、青山霊園のお墓めぐりしてきました。
管理事務所で、著名人のお墓の一覧をもらい、一番近い六世中村歌右衛門丈のお墓へ。 お墓をデジカメでとるなんて不謹慎かと思ったのですが、 ちょっと変わったお墓だったのでご紹介。 ![]() 真ん中に「河村藤雄」「妻河村つる子」と書かれた墓石。これが六世中村歌右衛門さんと奥さんのつる子夫人のお墓。 左側に、初代から三世中村歌右衛門(加賀屋)のお墓。 右側に、河村家代々のお墓。 ![]() 六世歌右衛門丈のお墓の花台?には、大好きだったというコアラが彫られています。 ![]() お墓の手前には愛犬(展示されていたハナ子ちゃんではないような)のお墓。 これらをみているだけでも、動物好きだったのがよくわかりますね。楽屋入りのときでも、お気に入りのぬいぐるみは常に一緒だったそうですから、コアラに守られてうれしいんでしょうね。こういうお墓をつくってあげることって、実は勇気がいるような気がしますが、梅玉丈たちが考えてさしあげたのでしょうか。あ~講座の質問コーナーで聞けばよかったといま思いました・・・ 最後に、梅玉丈御自身のおはなしへ。
多くの人が歌舞伎をみてくれるので、今、本当に忙しくてうれしい。しかし、今年の正月のように東西で五座もあくと中身が薄くなってしまうのではないかと心配にもなる。稽古も少ないし、昔の劇団のような結束力も生まれにくい。 自分は器用な人間ではないので、一役終わらないとうまく切り替えられない。 新作もやっていきたいが、興行側がなかなかとりあげてくれないのと、ただ新しいものを取り入れるだけでなく、いかに歌舞伎に取り入れていくかも難しい。 石切梶原なんかはやらないんですかという質問には、やりたい人が多くてなかなかまわってこない(笑)。男の色気が匂い出るような役者になりたいと思ってる。二枚目は鬱積した役が多いが悪役は発散できて楽しいのでこれからやっていきたい。 先代梅玉に追いつきたいとは思うが、自分は自分の新しい梅玉を作っていきたい(拍手)。家を継ぐという思いにあまりしばられていない、父が自分を女形にしなかったことは幸運だった。 最後に、父が死んで5年が経とうとしている。これから伝説になっていくだろう。息子として、父を語り伝えていきたいと思っている。父は「上質な人でした」、悪く言えば「浮世離れ」ですが(笑)とおっしゃってました。 お話が聞けて本当によかったです。 偉大な父をもったことは幸せなことであり、つらいことでもある気がします。おもいっきり自由に羽ばたくことはなかなかできないでしょうね。死んでもなお、父のことを語る役目を自分に課している発言には胸が痛くなりました。岡本町の邸宅を処分するときもつらく大変だったんでしょうね。ただ処分すればいいのではなく、大切に保存してくれ、伝説をまもってくれるように心を配られた気がします。 膨大な数のぬいぐるみは、ひとつひとつにリボンとメッセージカードをつけて、関係者に配り、「里親」になってもらったんですよね。 こんなに大変な思いをいつか悪役で発散していただきたいですね。そのときは必ず観にいきます。
舞台を努める体力づくりのお話になり、ここからは、素の歌右衛門丈のお話が多かったです。
梅玉丈、歌右衛門丈のことを「全くの不摂生」といってました(笑)。 「タバコはぷかぷか吸う。お酒は飲めないので、梅幸のおじさんのように夜の街に出て行くことはなかった(場内笑いでした)けれど、麻雀などのギャンブルが好きだった。徹夜してそのまま歌舞伎座にいくこともあった。ある年は数えたら280日も麻雀をした。必ずつきあわされたが、いいこずかい稼ぎになりました(笑)」 「ラスベガスにいけば、思うだけやる。今日はいくらまでなんて予算を組んでも本人には関係ない。カジノの雰囲気が好きで、それを長い時間味わうのが好きだった。」 「不摂生だったが、なんといっても、舞台に対する思い・バイタリティが誰よりもすごかった。だからあれだけの舞台がつとまったのだろう。あそこまでいけば、舞台にいることだけでもお客さんは喜んでくれるのに、手を抜くことはできなかった。楽しんでやったらどうですと言ったら、そんなことはできない。」と言われたそうです。 有名な動物・ぬいぐるみ好きのお話としては、 「旅行も好きだったが、それも、コアラがみたくてオーストラリア、パンダがみたくて中国、野生の動物がみたくてアフリカという人。飛行機にのると顔が変わって本当にリラックスしていた。 くまと犬のぬいぐるみが好きだったが、いろんな人にいただいたりして本当にいろいろたくさんあった。一万個まではいかないと思うが膨大で処分するのが大変だった。 特に六つのぬいぐるみがお気に入りで、海外へいくときも連れて行く。それも荷物として預けず手元においておく。飛行機では、それをテーブルに並べておくし、ご飯のときは膝にのせて食事をとる。自分は恥ずかしかったが、本人はそういうのは全然平気な人だった。」 その他に、食事は気に入るというか凝るとずっとそればかり。昼も夜も天ぷらそばだったりする。一緒に食べる身としては大変だったそうです。 その後、最後の舞台となった「関寺小町」のことにふれ、聞き手役の方が、最後の舞台でお会いしたとき、「こんなんなっちゃったのよ」と言われたことをお話してました。梅玉丈、ちょっと言葉重く、「晩年あまり舞台にでなくなったのは、思うには、やはり、衰えた姿をみせたくなかったのだと思います。」とおっしゃっていました。あらゆる賞をうけ、歌舞伎の世界で栄華を極めながら思うように動けなくなった体を受け止めざるを得ない歌右衛門丈の思い、それを身近でささえる思いにじ~んとしちゃいました。それまでは結構滑らかなしゃべりだったんですが、ここらへんのお話は言葉を選んでらっしゃいました。 梅玉丈が、亡き父六世中村歌右衛門を語るという関連講座が開かれ、それを聴かせてもらいました。
梅玉丈って、以前は、おもしろみのない(とても失礼ですみません)方だと思ってました。貴公子をやらせればこの人というだけあって、とても素敵なのですが、それだけにアクがないというか、なにか物足りないものを感じていました。 しかし、「歌右衛門合わせ鏡」という本を読んで、歌右衛門の養子になって、偉大なる父につき従うという運命を突然背負わされ苦労してきた話を読んで以来、歌右衛門丈にも、梅玉丈にもとても興味があり、楽しく聞かせていただきました。 ちょっと長いレポになりそうなので、いくつかにわけてご紹介。 250人ほど入る早稲田の教室は、ほぼ満員。 開始時間になり、梅玉丈が拍手に迎えられて登場。 藍色の地味目はお着物。結構長髪?(歌舞伎役者って鬘をかぶるせいか、刈上げ、坊主が多いので・・・)。イスに座った姿をみていると、どこかの学者さんが、和服を着てたたずんでいるよう。話始めると、声がいいの~。マイク通してもいいお声。聞惚れます。普段、マイクを使わず演じているだけあって、おなかから声がでているからなんでしょうね。 はじめは、演劇博物館(坪内逍遥記念)で行われた第一回坪内逍遥大賞の授賞式のビデオが流されました。このビデオが流れる前、「身内としてはみたくないんですが、もう随分弱っていたので」とおしゃっていたとおり、受賞後のスピーチは声が小さく、ちょっと聞き取れないかんじでしたが、歌右衛門丈がとてもうれしそうなのはとても伝わりました。 受賞をとても喜んでいたのは、学校より舞台が大事という人(梅玉丈は「学校嫌い」と言ってましたが)だったので、学校嫌いが大学から賞をもらえて、ありがたいことだと思ってらしたそうです。また、早稲田のガウンと角帽がもらえるというのも楽しみだったそうです。 歌右衛門襲名は昭和26年、前から襲名の話はあったそうですが、父五世歌右衛門が座頭をつとめていて歌舞伎座をホームグラウンドにしていたこともあり、歌舞伎座で襲名することにこだわったそうです。 父亡き後、後盾であった初代吉右衛門も亡くなり、「歌右衛門」を継ぐこと、歌舞伎の将来、後世に伝えることに強い使命を感じていたようです。 代表的な役として、白拍子花子、八重垣姫、八つ橋、揚巻、政岡があげられる。 道成寺には強い思いいれがあり、政岡は、女形の棟梁(といってました)としてやらなければならない役と思っていたのではないか。八重垣姫が好きだったが、テクニックを超えた何かがあるらしく、いつも父五世歌右衛門にはかなわないと言っていたそうです。花子に関しても、千回踊ってもこんなものだといっていたそうです。 今日、早稲田大学演劇博物館で行われている「六世中村歌右衛門展」に行ってきました。
展示室には、次のような展示がありました。 印象的だったものをいくつかご紹介。 ○一家の写真 昭和31年の六世歌右衛門丈、奥さんのつる子夫人、梅玉丈と魁春丈一家の写真がありました。後で聴いた梅玉丈のお話のせいか、ちょっと緊張した一家のほほえましい素敵な写真でした。 ○祇園守 中村歌右衛門家の紋は祇園守なんですが、これって京都八坂神社のお守りのことだったんですね。とても大きい実物が展示されていました。 ○愛犬ハナ子ちゃんと書かれた、歌右衛門丈の絵 ○道成寺の押隈(押戻がついたときのもの?)、歌右衛門丈はとても字が上手なんですね。繊細な筆跡でした。 ○琴・三味線・胡弓 阿古屋を演じるときの三曲の楽器がありましたが、素人目にもとても立派な楽器でした。それぞれ、「浮舟」「寿永」「松風」と名がつけられ、銘が書かれていました。 ○初舞台の写真 ○歌右衛門襲名時のポスター、入場料が1等650円、2等400円、3等200円でした。 ○記念切手 昭和45年に古典芸能シリーズ、平成3年に歌舞伎シリーズとして発行された切手(白拍子花子など)がありました。最近もそういうの発行されてるんですかね。今なら欲しい。また発行してほしい。 あとで開かれた講座で聞いたんですが、寄贈された品は膨大な数で、やっと整理が終わったのだそうです。これから、命日である3月31日頃、毎年展示品を替えたり、イベントを行うなどしていくそうです。 生前から協力していたこともあり、また、亡くなったあと、写真一枚とて捨てられないものの、保存しておく場所もなく(世田谷岡本町の歌右衛門丈のお宅は処分されたんですよね)困っていたので、何から何まで引き取ってもらったよかったと梅玉丈はお話されてました。 また、講座の開かれた14号館の横には、歌右衛門丈が愛でていたという「うこん桜」が岡本町から移植されていました。遅くにさく桜のため、残念ながら、花をみることはできませんでした。いつか、桜の咲く頃に訪れてみたいと思ってます。 宮尾登美子さんの「きのね」という本があります。
歌舞伎ファンには有名な本のようですが、わたしはにわかファンですから、先日、この本があると知り、金曜日に上巻、土曜日に下巻を読みました。 これは、11世市川團十郎(海老さま)の奥さんの物語です。どこまで真実なのかはわかりませんが、これまでいろいろと聞いていたこと、読んだことが、かなり克明に書かれています。 これが出版された当時は、歌舞伎ファンには、かなり衝撃的だったのではないでしょうか。 11世市川團十郎さんの奥さん、千代さんは、7世松本幸四郎家に女中さんとして入り、その控えめな性格から信頼をおかれるようになり、愛人の出産や、1度目の結婚、市川家への養子入り、戦時下での病気入院、疎開など、海老様のそばで女中としてつき従い、やがて、子(12世團十郎)をなしたものの、11世團十郎襲名にあたってようやく母子ともに正式に籍に入り披露されたそうです。 当時絶頂の人気を誇った海老さまの妻として披露された千代さんは、びっくりするほど地味だったそうで、それから宮尾さんは調べて調べてこの本を書き上げたそうです。一人の女性の昭和史としてどうしてもだれに反対されても書き上げなければならないと思ったそうです。 いま、歌舞伎に興味があるから読んだ本でしたが、千代さん(物語では光乃さん)の生き方に打ちのめされた感じ。海老さまへの思い、どんなにつらい目にあっても離れることができない思い(特に結婚した海老さまたちの世話をするあたりの苦しさは切ない)、その思いがかないながら日陰の身として暮らさなければならないつらさ、出産の場面はもう圧倒的で一人で便所で逆子を産むなんて想像すらできません。もうほんとひきこまれました。 海老さまという方は、随分女性に手をあげる人だったようで、いまならDVで訴えられてもおかしくないし、すさまじい癇癪もちでわがままなんですが、それでもなお千代さんが思い続ける気持ちが、それを浄化するというか、逆に海老さまの魅力を描いているようでした。 当代の團十郎さんは、だいたいどの本を読んでも、「おおらかで優しい」方だそうです。お父さんとは全く違うと。それはお母様の苦労をみてきたからかもしれませんね。11世團十郎丈は、襲名のたびに病気になっていたそうです。息子の襲名時とはいえ、当代も白血病になってしまなんて、市川家を継ぎ守るということは、恐ろしいほどのプレッシャーなのでしょうね。 この本を読んだのは、関容子さんの「海老蔵そして團十郎」という本で、千代さんのことを知ったのがきっかけ。その後、青山霊園で、市川團十郎家のお墓にいって、11世團十郎丈の立派な墓石の横に、ひっそりと「堀越千代 59歳」と書かれているのを見て、もっとこの人のことを知りたいと思って読みました。読んでよかったと本当に思います。 必死に生きることのすばらしさを教えてもらったと思います。あれほど思い続けた海老さまと一緒のお墓で安らかに眠っているのでしょうね。
「盛綱陣屋」
さすがに4回目なので、あらすじも何もかもわかっているのですが、それでも引き込まれました。今回は、特に成駒屋一門に乾杯という感じ。特に児太郎くんは、死ぬ間際の演技が、大げさでなく、子役特有のセリフまわしであっても、思いが伝わってきて、じーんとしました。 首実検の結果も何もわかっているのですが、小四郎の思いを感じて、盛綱にこの首は高綱のものだといってやって~とつい祈るように見てました。わたしって単純な人間・・・・ 勘三郎丈の盛綱も思いいれもよくわかり、途中気になった声のかれも今回は気にならず、高らかに謳い上げるセリフに再び聞き入りました。 千秋楽は、私がみた4回中、一番の出来だったように思います。 おまけの話ですが、この小四郎を生け捕りにしたのが、盛綱の子、小三郎で、これを橋之助丈の二男の宗生くんが演じてます。小三郎は、劇中2回登場し、初めの登場ではセリフと見得があって、2回目は時政公の近くに控えている役です。 小三郎は、はじめは2回登場していたのですが、初日から1週間が過ぎる頃から、2回目の登場はなしになってました。宗生くん、おもいっきりおねむで、泣きの場面でこっくりこっくりしちゃうからのようですが、小さいとはいえ疑問だったな。小学1年生だし、子役は子役でも、一つのお役をきっちりつとめてほしかったですね。正月の浅草の胡蝶もひどかったし、このさき、小四郎役とかで、感動させてくれる日はくるのでしょうか・・・・ 「保名」は、体調不良ですわっていられず、外にでて休んでました。仁左さんごめんなさい。 「鰯売恋曳網」 何度見ても楽しい。もうしばらく見られないのが淋しいくらい、大好きな演目でした。 もうセリフも動きもわかっているんですが、それでも笑ってしまう。もうはまりまくり。 おかしい場面でみんなが笑うとうれしくなり、劇場がとっても幸せムードに包まれるんです。 一番のお楽しみ、禿の清水大希くんのどつかれは、今日が一番というほど、転げ具合、立ち上がりの間、髪を直すとこと、うらみがましい目つき、もうどれをとっても最高でした。 「だいき!」という大向こうさんの声もかかってました。もっとかけてもいいくらい。 そんな大希くんが、再び、二人の間にはいって、お酒をかたずけようとするところで、玉三郎さんが、本当に優雅なしぐさで、髪を直してあげてました。なんか、「一月どつかれてお疲れさま、よく頑張ったわね」とでもいっているかのようでした。 去年の大阪松竹座での、政岡と千松を思い出し、再びじ~ん。また見たいです。 こういうおおらかなお話のあとだし、勘三郎だし、今日は千秋楽のおまけのアンコールがあると楽しみにしていましたが、やっぱりありました。拍手が手拍子にかわり、花道にあかりがともり、二人が手をつないで登場。しばらく花道でアンコールにこたえてくれてましたが、玉三郎さんが勘三郎丈をうながして舞台中央へ。勘三郎丈はとても照れた表情、玉三郎丈は、プリマバレリーナをひきたてる男性のダンサーのような感じで、終始勘三郎丈をたててました。男前で優雅?な玉三郎丈でした。 お話も楽しかったし、アンコールのおまけもついて、みんな楽しそうでした。ある男性の方は、もうおかしくって笑って涙まででたよ~と楽しそうでした。歌舞伎の大道の作品ではないけれど、やっぱり楽しいってすごいこと。 またまたしあわせな時間をいただきました。
千秋楽みてきました。
今月は、初日と楽に一日通し、その他夜の部を2回と、自分でも驚いてます。 3月興行の決算ということで、千秋楽レポです。 「猿若江戸の初櫓」 勘太郎丈の踊りが一段とキレがよく、惚れ惚れしました。 あの踊りなら、櫓をあげることを許されたことが納得できました。 それに、先日、江戸歌舞伎発祥の地にいってきたこともあり、感慨もひとしお。 「口上」 あの初日の興奮には到底かなわないけれど、今日も千秋楽ということもあって、 なかなか感動的な場面も多く、勘三郎丈、勘太郎丈、そして芝翫丈も泣いていました。 いくつか印象的なお話をご紹介。 ○芝翫丈 勘三郎は、恩師(6世尾上菊五郎)の孫、その襲名披露をこうしてすることができて本当にうれしい。 ○我當丈 勘三郎は誰よりも親孝行 ○扇雀丈 先代が死んだとき一緒に舞台に出ていた。そのときでもしっかりと舞台をつとめていた。しかし、2日後、楽屋に挨拶にいったが返事がなく、声をかけると、「だめだよ、浩ちゃん」と深い悲しみで泣いていた。NY公演で一緒に感動の舞台をつとめたが、是非「世界の勘三郎」になってほしい。 ○又五郎丈 勘九郎をどうぞよろしく ○福助丈 エースナンバー(18)で襲名する ○玉三郎丈 命を削って舞台をつとめる人です。長い襲名興行を無事につとめてくれることを祈っている。 ○仁左衛門丈 中村屋一門のひとり助五郎さんが幹部昇進して源左衛門となったえーと、次の舞台(一条大蔵とでてこない)にでるので拍手してほしい。いい脇役がいてくれて芝居がうまくいく。拍手してくれなかったら帰る(玉三郎丈は隣で笑ってました)。 ちょっと残念だったのは、左團次丈、初日と同じ、「いやなじじい」バージョンでした。千秋楽ぶっちゃけバージョンが聞きたかったです。 「俊寛」「一条大蔵譚」は、すみません、体調不良で半眠りでしたので、特になしです。
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